羽柴秀吉は徳姫からの密書に目を通した。密書の内容は、松平信康の武田軍の寝返りのことで、桶狭間では、羽柴軍ではなく武田軍に加勢する旨のことであった。それを知った秀吉は、織田信長にはその旨のことは報告せず、それに対抗するため、信康に急ぎ書状をしたためた。



その書状は「既に信康の武田軍の寝返りの旨は徳姫の知らせにより、織田信長公の知れるところなり、信長公は大変ご立腹である。もし、このまま武田軍に寝返るのであれば、柴田勝家の率いる5千の軍勢をもって、再度、信長公に対する忠誠を問いただすであろう。」との内容であった。



一方、徳姫は、岡崎城を逃れ、松平信康と別れたあと、築山御前の目を盗み、父 織田信長ではなく、一番近くの最前線にいた羽柴秀吉を頼りにし、夫 信康の武田軍への寝返りを書状にて密告したのだった。実のところ信康と徳姫の夫婦仲はうまくいっておらず、信康との間に嫡男をいまだつくることができないことから築山御前とも不和の状況にあり、機があれば、信康と離縁し、織田家に戻りたいと考えていたのだった。



羽柴秀吉からの急ぎの書状は、すぐさま松平信康が長久手から桶狭間に兵を動かす前に、信康のもとに届けられた。信康はその書状を見て、動揺した。一時は、武田軍に寝返ることを決めたものの、柴田勝家 5千の兵がこちらに向かってくるのであれば、武田軍に寝返ることの話は別である。結局、信康は、羽柴秀吉の脅しの書状に屈し、信康は狼煙を上げて、長久手を離れ、桶狭間に軍勢3千を向けたのであった。



まさに桶狭間を通過しようとしていた影武者 武田信廉は長久手方面での狼煙を確認した。その狼煙は信廉本軍から桶狭間山で、あらかじめ羽柴秀吉、松平信康の動きを見張るため桶狭間山に先回りしていた高坂弾正からも確認できた。狼煙を上げることは武田軍に寝返る際には、申し合わせしておらず、松平信康の心に異変が起こったことを悟ったのだった。空の方はさらに暗くなり、とうとう雨が降りだし、雷が鳴り響いたのであった。



羽柴秀吉はいよいよ桶狭間の谷間に到達し、武田軍と羽柴軍が衝突しようとしていた。秀吉は桶狭間の谷間にはすでに、数百の兵が守る不気味な輿が武田軍の前を進んでいるのを確認した。なんど驚くべきことにその兵たちは丸に黒白の横縞模様の旗印を掲げていたのであった。


                                                                  <つづく>