工場
小山田 浩子
新潮社
2013-03


2014年に「穴」で芥川賞を受賞された小山田浩子さんの、
伝説の処女作「工場」をご紹介したいと思います。

この「工場」は新潮新人賞を受賞した小山田さんのデビュー作ですが、
いきなり第26回三島由紀夫賞を、
受賞作である村田沙耶香さんの「しろいろの街の、その骨の体温の」
と最後の最後まで争い、選考委員たちに絶賛されながらも
惜しくも受賞を逃しました。

選考委員は5人いて2人が受賞作を推し2人が「工場」を推しました。
おそらく結果として、作品や才能には甲乙つけがたいが、
村田さんは10年以上のキャリアがあり、すでに一定の地位を確立していること、
一方の小山田さんはこれが処女作、
ということで決まったのではないかと推測しています。

「工場」に対する選評をご紹介しておきます。

辻原登「工場を読んで、絲山秋子の小説にはじめて出会ったときの興奮を覚えた。絲山秋子の世界にゴーゴリの筆致を加えてみる。すると「工場」の世界が現出する。作者は労働と人生についての深い洞察から、ヌートリアという大きいネズミのような動物を次々と生んでゆく。異才の登場に喜びと期待」

高村薫「工場勤めの身体の虚無を微細な手つきで紡ぎながら、その同じ手で少しずつ裂け目を入れてゆくことで、退屈な現実を奇想へ横滑りさせてゆく技巧派です。二十一世紀のいまは、むしろ社会に同化しつつ、同化している自身への違和感や不全感に言及し、内側から世界を変形させてゆくのです。そこに新たに確実な一歩を印してみせた本作を、評者は受賞作に推しました」

町田康「工場は重厚でありながらときに爆笑を誘う独特の軽みのある文章よく、また内容も心に迫るものがあり、私はこの作品を受賞作として推した。どういう訳か誰ともわからない誰かに命令されて右往左往しないと生きていけない、すなわち働かないと生きていけない私たちが内心に思いながら、しかしそれを思うと厭になって生きていられなくなってしまうので、半ばは、生まれたときには既にできあがっていてそれがあたりまえとなっている物語によって、半ばは自らの選択によって堅く厚く覆っているため、内心で思っていることを思った瞬間から思わなかったことにしている思いを小説の形で描いて見事だった」

平野啓一郎「派遣、契約、正社員という現代の三種の労働形態を通して、工場という象徴的空間の不条理さを描く。人物造形は巧みで、世界観を実現する文体にも乾いた迫力がある。完成度という点では確かに疵もある。しかし私は、これが処女作だという作者の才能に瞠目し、直ちに、十全に評価しなければならないというプレッシャーをさえ感じた」

これだけ絶賛される作品というのも珍しいですね。しかも処女作です。辻原さんは「労働と人生についての深い洞察」に注目し、ゴーゴリまで持ち出しています。高村さんは「新たに確実な一歩を印してみせた」と歴史に残ることを予言しています。

町田さんは最も強く推しました。「重厚でありながらときに爆笑を誘う独特の軽みのある文章」「誰かに命令されて右往左往しないと生きていけない、すなわち働かないと生きていけない私たち」というのは町田さん自身の文学と強く共鳴しているかのようです。平野さんは「十全に評価しなければならないというプレッシャー」を感じているのだから余程の才能と見たのでしょう。

「工場」は『労働と人間の尊厳』という
人類永遠不滅のテーマを扱っていると私は感じました。
もの凄く大きな難しいテーマです。
この小説における「工場」とは一体何なのか?
それが最大の謎であり、作者の問いかけです。

人間の尊厳を保ちつつ労働することがいかに困難なことか、
肌で知る人は少なくないと思います。
時に労働はたやすく人間の尊厳を奪い取ります。
いかに人間の尊厳を守りながら労働するのか?
それは可能なのか?
これこそ永遠不滅の文学のテーマたりうるのです。

人間が、人間として扱われない場所で、
果たして人は生きていけるものなのでしょうか?
極限まで追い詰められ、完全に孤立し、
人間としての尊厳を失った者は、
どうすればいいのか?

ゴーゴリの「外套」のアカーキー・アカーキエヴィッチの、
「ほうっておいてくださいよ!!どうして僕をいじめるんです!!」
との悲痛な叫びが極めて現代的であることを、この「工場」は証明しています。

工場
小山田 浩子
新潮社
2013-03