海炭市叙景 (小学館文庫)
海炭市叙景 (小学館文庫) [文庫]
佐藤 泰志
小学館
2010-10-06


この「海炭市叙景」は2010年に映画化された際に文庫化されたものです。僕はハードカバー版を図書館で借りて読んだのですが、その小説世界にあっという間に魅了され、その他の佐藤さんの本を全て読んでしまいました。ハードカバー版の表紙は大きな岩のような、隕石のような不思議なイラストでした。

その後、函館文学館を訪れた時に佐藤さんの展示があって、そこに表紙イラストの原画が飾ってあり、不思議なオーラがあって強く印象に残りました。函館文学館は函館ゆかりの作家の展示が中心となっていて、その中に函館出身の佐藤さんの展示もあった訳です。

この小説の舞台は海に囲まれた地方都市「海炭市」。モデルはもちろん函館。形式としては連作短編集になっていて、18人の主人公のそれぞれの人生を描いています。

主人公達は必死に日常生活を送る普通の人たちです。例えば、炭鉱を解雇された青年とその妹。首都から故郷に戻った若夫婦。あと二年で停年を迎える路面電車運転手。妻との不和に悩むプラネタリウム職員。海炭市に滞在する青年…

そういう普通の人たちが主人公であっても鮮やかな小説世界を構築しているところが、佐藤さんの新境地として評価されました。
そこには北国の雪があり、夏の光と海の匂いがあり、ひとびとの絶望、そして希望があります。


この作品は佐藤さんの未完の遺作となりました。90年10月10日佐藤さんは41歳で自殺しました。

私が最も好きな短編であり、佐藤さんが最後に描いた短編「しずかな若者」のラストシーン。

「揺れながらどんどんと後ろに去る木立ち。僕もまたこうして、父の故郷やこの季節や一瞬の輝きや僕自身を脱ぎ捨てていくだけだ。いつかは僕にも、エアリのマスターがピアノをやめたように、両親がとにかくも新しい生活に踏み切ったように、何かをやめ、何かをはじめる時が来る。それは車がカーブを曲ったその時に来るのかもしれない。この別荘地の下の、両側を木立ちにせばめられた道を抜ければ、太陽がいっきに彼の車を照らすだろう。そうだ。何も隠してはならないんだ。それはもう、じきだ。」
(佐藤泰志「海炭市叙景」からの引用)



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2010-10-06

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