図書準備室 (新潮文庫)
田中 慎弥
新潮社
2012-04-27


 2005年の田中慎弥さんのデビュー作品集です。表題作と新潮新人賞受賞作の「冷たい水の羊」を併録しています。私は「冷たい水の羊」の方が断然面白かったです。

 主人公の真夫は、級友たちの生け贄としていじめの標的にされている。他のクラスメイトたちは真夫と比べられることによって、どうにかいじめられない側の輪の中に留まろうと必死になっている。

 ところが真夫はいじめられている自分を相対化するために「自分はいじめられていない」という一見矛盾する独自の論理を作り出す。真夫は毎日のように金をせびられる。いつも用意しておいた金を渡す。金がない時は屋上に連れていかれ、殴る蹴るだけでは済まない屈辱的な暴行を受ける。


 論理が薄れ、いじめという三文字が近づいてくる。真夫は目だけを動かせる。海峡がぼやけて見える。

水原という女の子が唯一、なぜか真夫がいじめられていることを気にかけている。ところが逆に真夫は彼女を殺そうと考える。包丁を買い水原を殺すチャンスを待っている。そして自分も一緒に死のうとしている。

 いじめを苦にした自殺というのは古くて新しい社会問題だから、それをそのまま描いても小説にはならない。ではどう描くかが問題になる訳だが、田中慎弥さんは徹底的に心の闇の奥の奥まで、果てしない暗部の核心へと迫ろうとしているように感じた。しかも非常に高度な抽象概念を用いて。

 本書の解説は作家の中村文則さんが書いていますが、「デビュー作は未知(作家)と世界との遭遇の瞬間といえる。その作家の本質的な部分が現れるともよく言われ、独特の魅力が宿る」と書かれていて納得しました。

『教室の戸を開ける。もう逃げられない。丘で死ねずにここまで来たのだから、いつもの、攻撃される中学生でいなくてはいけない。論理がある。席につくまでの数秒、何人かの視線が来てすぐに逸れる。水原はいない。北上が立ち上がった。近づいてくる。座ったままで待つ。礼儀だ。まず机ががん、と蹴られる。横にかけた鞄が前後に揺れる。包丁が鳴る。北上の靴の先が机の灰色の脚を突き続ける。「もっとやれ、もっとやれ。」自分と北上の間で刃物が音を立てる。』(「冷たい水の羊」からの引用)



図書準備室 (新潮文庫)
田中 慎弥
新潮社
2012-04-27