プレーンソング (中公文庫)
プレーンソング (中公文庫) [文庫]
保坂 和志
中央公論新社
2000-05



 「プレーンソング」は保坂和志さんのデビュー作にして最高傑作だと思います。「プレーンソング」は何かの新人賞を受賞した訳ではなくて、いきなり群像に掲載されました。「日蝕」が新潮に一挙掲載された平野啓一郎さんと同じです。つまり新人としては特別待遇だったのです。そして単行本が出版されたのは1990年のことでした。

 その後の保坂さんは93年に野間文芸新人賞、95年には芥川賞を受賞しました。私が大学に入学した年に保坂さんはデビューし、卒業した年の翌年に芥川賞を受賞したという感じで、物凄いスピード出世という訳ではありませんが、比較的すんなり受賞に至ったと言えるでしょう。

 その後も平林たいこ文学賞、谷崎潤一郎賞などの賞を総なめにし、現代日本文学を代表する作家となりました。芥川賞を受賞した作品は、「この人の閾(いき)」でした。選考委員の評価は、日野啓三が◎、河野多恵子が◯、黒井千次が◯、その他5名の
委員が△をつけました。

日野啓三「他の都合もあって合計四回読んだが、読む度に快かった。(引用者中略)いまこの頃、私が呼吸しているまわりの空気(あるいは気配)と、自然に馴染む。こういう作品は珍しい。」「バブルの崩壊、阪神大震災とオウム・サリン事件のあとに、われわれが気がついたのはとくに意味もないこの一日の静かな光ではないだろうか。」「その意味で、この小説は新しい文学のひとつの(唯一のではない)可能性をそっと差し出したものと思う。」

河野多恵子 「本当に新しい男女を活々と表現していた。」「二人(引用者注:〈ぼく〉と〈真紀さん〉)は互いに異性意識から全く解放されていて、そのために却って男が、女が、どこまでも自由に――つまり、豊かに、鋭く、描出されている。男女共学の収穫の達成を想わせる人たちの創造に成功した文学作品が、遂に出現したのである。」

黒井千次「他人の既成の家庭を覗き込むという形で書かれているために、語りのしなやかさと人物の主婦像とがくっきり浮かびあがり、三十八歳の女性の精神生活の姿が過不足なく出現した。」「女主人公の精神的な自立と自足とが、どこまで確かであるかは必ずしも定かではない。しかしもし危機が訪れるとしても、それがいかなる土壌の上に発生するかを確認しておく作業も等閑には出来まい。その意味でも、この一編は貴重な試みであると感じた。」

 見事に三人とも評価の視点が異なります。日野さんは「バブル崩壊、阪神大震災、サリン事件」に言及し、河野さんは「男女共学の収穫の達成」を喜び、黒井さんは「三十八歳の女性の精神生活」に注目しています。

 この三者三様の視点は保坂さんの小説の特徴をとてもよく表していて興味深いのですが、「新しい文学のひとつの可能性を差し出した」というのは一致した意見でしょう。
 
 しかし何の賞も受賞していない「プレーンソング」が私は一番好きなのです。保坂さんはこの小説で、いわゆる戦後生まれの作家たちを強く意識していたそうです。小説にはまだ一線で活躍されている小説家の名前も登場して、小説というよりも「メタ小説」だとも言われました。
 
 「プレーンソング」は「ぼく」が女の子と同棲する予定だったのに、急にふられて空いてしまった少し広い郊外のアパートの部屋が主な舞台です。その部屋にまだ二十歳くらいの若いアキラやアキラの彼女や、かなり変人の島田という友人たちが転がり込んできます。

 そしてたまにみんなで一緒に競馬や海に行って、たわいもない会話をいつまでも飽きることなく続け、ひたすらダラダラゆるく過ごすというお話です。

 何に衝撃を受けたというと、全くもって予想外の場面で小説が突然終了してしまい、オチらしきものが全く無かったことです。小学生の時に読んだ「こころ」が、先生の遺書のまま終わってしまったのと同じくらいの衝撃を受けました。

 小説を読み終えて、やり場のない想像力を持て余し、しばし呆然となったのですが、やがてその感覚が病みつきになり、面白がって何度も繰り返し最後のシーンを読み返したものです。
 
 特に僕が好きなキャラは「島田」という男です。

「島田は二十五か六で変な人間で、出身は九州で九州のどこか医学部のある大学にはじめは行ったらしいが、つまらなくてすぐにやめて今度は北大に行き直し、そこで札幌まで上映会に行った矢田の映画に感動して結局北大も中退して東京に来てしまった。そこまでしたのに島田が一本も映画を撮らなかったのはたんに度を越した無気力な人間だからで…」

という感じでいろいろと恐ろしく風変わりで怠惰なエピソードをいくつも持っていて、そのひょうひょうとした感じに僕は感動しました。

「や、海って、けっこう泳ぎにくいね。久しぶりで、忘れてたよ」とだけ言って、濡れたままで砂の上にごろんと寝転んだ。それをゴンタはビデオを止めて見ていて、いま寝転んだ島田に、「島田さんがそういう風にするの、ポリシーかなんかなんですか」と訊いてみたのだけれど、島田の方は、「え?何が?」と言うだけでからだにつく砂にはまったく無頓着で、島田に目の前でそうされてみると、ポリシーなんかで動いているのではなくて島田はどこにいてもただ同じことをしているだけなのだということが実感としてわかってきた。(「プレーンソング」からの引用)

 こんな軽いゆるい感じで僕は「プレーンソング」を今でも楽しく読んでいますが、保坂さんがこの作品で90年にデビューしたことは、日本の現代文学界にとって、歴史に残る事件だったと言ってもおおげさではないと思っています。それくらいの作品であり、保坂さんはそのくらい凄い小説家です。



プレーンソング (中公文庫)
保坂 和志
中央公論新社
2000-05