おはなしして子ちゃん
おはなしして子ちゃん [単行本(ソフトカバー)]
藤野 可織
講談社
2013-09-27


 本書「おはなしして子ちゃん」に掲載されている短編は、「8月の8つの短篇」として2013年「群像8月号」に掲載されていた藤野可織さんの最新短編集です。「群像8月号」は柴崎友香さんの連載小説と平野啓一郎さんの新作の創作合評が掲載されていたので購入したのですが、目次を見て一番目立っていて興味を引かれたのが「8月の8つの短篇」でした。「8月号 8月 8つ」と8が3つ並んでいます。

 藤野さんの作品を読んだことはなかったのですが、ニュースで藤野さんが芥川賞候補になっていることを知りました。読み始めたら予想以上に面白く、久しぶりに楽しめる短篇でした。こういう面白い短篇小説を書ける若手作家が、日本にも出てきたのだなと感心しました。

 一つ一つのセンテンスが短く、ファンシーでリリカルな文体が、「淡々として、鮮やかだけど、残虐な世界」を構築しています。独特のユーモアと文体のリズム感には、間接的に内田百間の影響が窺えます。藤野さんの「恐怖は一つの美の形態。恐怖は面白い」という思想が、小説へと見事に昇華されています。藤野さんは独自のリアリズム小説を追求されているそうですが、この短編集にはその可能性を垣間見ることが出来ました。

 タイトルにも文体にもモチーフにも、センスの良さと才気がひしひしと感じられます。これまでに読んだことのない、全く新しい小説に出会った興奮の余韻が消えません。この短編集は藤野さんが芥川賞を受賞される1週間前に読んだのですが、藤野さんの小説が多くの人に読まれることを期待していたので、芥川賞受賞は嬉しかったです。

〇短編8篇のタイトル

○ピエタとトランジ    ○アイデンティティ    ○今日の心霊    ○エイプリル・フール    ○逃げろ    ○ホームパーティはこれから    ○ハイパーリアリズム点描画派の挑戦    ○ある遅読症患者の手記

〇作品の要約(「ハイパーリアリズム点描画派の挑戦」)

 
 ある現代美術館で「ハイパーリアリズム点描画派の挑戦」展が開催されることになった。ハイパーリアリズム点描画派とは、点描画の技法を駆使して大画面のハイパーリアリズム絵画を制作した一派の呼称。一派は2022年からおよそ15年間にわたって活動したが、代表的画家ペロッティの死去により完全に沈黙した。

 彼らは体力ある若者ばかりだったが、過酷をもって知られる点描画技法が、彼らの命を奪った。「命なんてくれてやるさ。重要なのは今、今がすべてだ。未来だと?犬に食われちまえ」というペロッティの言葉が、彼らの精神を端的に説明している。

 「ぼく」は初日に現代美術館を訪れる。美大を出たあと、普通の会社に就職し、今は一般の美術ファンだ。マスクをつけて館内へ入る。マスクは芸術作品を鼻血や血反吐、飛んだ歯で傷つけるのを防ぐために必要なのだ。「戦い」はもうはじまっている。彼らはとても静かに押し合い、殴り合っていた。

 ぼくはもみくちゃにされ、どんどん作品から引き離されていく。逃げたくなったが、もっと作品を見たいという飢えがどんどん大きくふくらむ。ぼくは目の前の男を殴り倒す。作品を見ながら戦いを繰り返したぼくは、最強の中年女性の集団と戦う。

 ぼくは何度倒れても立ち上がり、点描画を背景に戦い続けた。生き残ったぼくは、「重要なのは今、今がすべてだ」というペロッティの言葉の真の意味を理解する。そして言い足した。「それから行為だ」・・・

 〇コメント

 美術館を舞台にしたアートバイオレンス小説です。コミカルだけど非常に怖い世界が描かれています。美術館では絶対にあり得ない光景が繰り広げられますが、不思議なことに美術館の来館者の誰もが心の中で思っていることをリアリズムとして描くとこうなるかもしれません。

 ハイパーリアリズム点描画のこの小説で果たす役割ですが、暴力を誘発させる爆弾のようです。「ぼく」はハイパーリアリズム点描画の世界に取り込まれ、ゾンビのようになり、最後に爆発して驚くべき変身を遂げます。

 ハイパーリアリズム点描画派は絶滅してしまったのですが、リアリズムの未来型として、誕生を繰り返すことを予言しています。それはまさに藤野さんの追求する「リアリズム以上のリアリズム」ではないでしょうか。