村上龍作品の中で個人的に愛着のある小説の一つです。映画のタイトルそのままの12編の短篇が収められています。もちろん小説のストーリーは、その映画の本質へと鮮やかに切り込んで収斂していく訳です。

 村上龍が今よりもっともっと若かった頃、本当に愛していたのは絵画でも音楽でも小説でもなく、ただただ映画が大好きで映画を撮ることばかり考えていました。

だからこの作品はある意味本当の村上龍にとっての青春小説なのかもしれません。こんなに愛情あふれる小説を書いているのはこの作品だけです。

 「甘い生活」「ラスト・ショー」「地獄に堕ちた勇者ども」「大脱走」「狼は天使の匂い」「ブルーベルベット」「アラビアのロレンス」「地獄の黙示録」「ロング・グッドバイ」「レイジング・ブル」「スコピオ・ライジング」「ワイルド・エンジェル」

どれもこれも珠玉の一品でどれか一つを選ぶのは難しいですが、あえて一番好きな短篇は何かというと「ワイルド・エンジェル」。とにかくラストがカッコよくてシビれました。

 

 九州西端の基地の街から、1970年に「私」は上京した。当時の東京は60年代の終わりの騒然とした雰囲気が僅かに残っていたが、基地の街の刺激に慣れた18歳の目にはひどく退屈に映った。「美術学校」という専門学校に行っていたが、すぐに行かなくなり、何もしなかった。

 勉強も運動もアルバイトも政治活動もしなかった。やるべきことが見つからなかったというよりも、何もしないことに積極的だった。

上京してすぐに、ヨウコという5歳年上の女と知り合った。ヨウコは丸の内のOLで、油絵が趣味で、そしてニンフォマニアではないかと疑うほどセックスに関して貪欲だった。

 1970年の末に「私」はキミコというエキセントリックな人妻と知り合い、横田基地の傍の福生という街に二人で移り、ヨウコと別れることになった。

しかし私はキミコのどんどん過激になる異常な言動のせいで精神を完全に破壊されてしまい、どこへも行くところがなくなって、助けを求めてヨウコのアパートを訪れる。

 そんな「私」にヨウコは映画の話を始めた。

”「ワイルド・エンジェル」のラストシーンを憶えてる?「ワイルド・エンジェル」の最後で、ヘルス・エンジェルスのリーダーを演じるピーター・フォンダが、死んだ仲間の埋葬をしている。

そこへ警官がやってくる。情婦のナンシー・シナトラが、逃げよう、と言うが、ピーター・フォンダは死んだ仲間に土をかけながら、呟く。

 「どこへだ?行くところなんかないじゃないか」”