大学に入学して初めて村上龍の「限りなく透明に近いブルー」を読み、自分の読書人生が大きく変化しました。そんな私が次に読んだ村上龍の小説が「コインロッカー・ベイビーズ」でした。私の読書人生はまたまた未知の領域へと突入することになりました。

 高校時代まで日本とヨーロッパのいわゆる文豪と呼ばれる作家の小説ばかり読み、現代文学をどこかで見下していた私に「こんな小説があったのか?」「これも文学なのか?」「新しい文学とはこういう作品なのか?」「文学とは進化するものなのか?」などいろいろな思いが去来しました。

 私の脳は村上龍の言葉により破壊されました。私の身体は「コインロッカー・ベイビーズ」の世界に足を踏み入れ、地雷を踏み、木っ端微塵となりました。それほどの大きな遭遇だったのです。

 物語のあらすじを簡単に要約すると、「コインロッカーで生まれたキクとハシは九州の孤島で育つが、ハシは母親を探すために東京へ行き、ハシを追いかけて東京まで来たキクはアネモネという少女と出会う。キクは小笠原の深海に眠るダチュラの力で東京を殲滅しようとする」といったところでしょうか。

 村上龍の「どうだ。俺の書いた世界がわかるか?俺の書きたいことが理解できるか?俺が何を破壊しようとしているか見えるか?破壊の先の新世界を俺が作る」という挑発が聞こえてきます。

 キーとなるアイテムの一つは「ロック」です。ロックは人間の奥底に眠る「暴力」と「破壊」を目覚めさせます。それは「性欲」と「射精」と翻訳することも可能でしょう。この「ロック」を核とした世界像が「コインロッカー・ベイビーズ」の一つの断面を構築しています。

 また、「コインロッカー・ベイビーズ」は「母探し」と「母殺し」の物語であるとの指摘もあります。「母殺し」のシーンはハシが妊婦の口を手で引き裂こうとしながら射精する場面です。

『両手を女の口にかけて顔を引き裂く自分の姿が頭に浮かんだ。引き裂くのだ、裂いてやる、ハシは思った。ハシは股の間に手を置いた。アスファルトから腰へと突き上がってくる快感でハシは射精した。体中の毛穴からも白い液体が勢いよく噴き出てきそうだった。女が声を上げる前に口の中に右手を突っ込んだ。その時やっと射精は止み、柔らかくて冷んやりとした気持ちのいい空気に包まれた。圧倒的な至福感に包まれた。』(「コインロッカー・ベイビーズ」からの引用)

 このイメージは私が村上龍作品に抱くイメージそのものです。このイメージのパワーとでも言うべきものを、デビュー作である「限りなく透明に近いブルー」から現在に至る数々の作品を通して、私は感じ続けてきました。絶望から始まった破壊衝動が止まらない。その破壊衝動を止めることができたのは「柔らかくて冷んやりとした気持ちのいい空気」だけだったのです。

 この後でハシは「心臓の鼓動」を聞きます。心臓の音は信号を送り続けている。その信号は母親から受けた。信号は「死ぬな、死んではいけない、生きろ」と教える。そしてハシは妊婦を殺すことを止めた。「暴力」「破壊」「死」という負のロックの連鎖を乗り越えたハシは新しい歌を獲得し、新しい世界へ足を踏み入れる。

 小説のラストを飾るのはハシでしたが、私が一番好きなのはキクの次のセリフです。何度読んでも痺れます。とにかく憎いくらい痺れる。

『アネモネが免許証を見せ必要な書類にサインしている間、キクはガスボンベの入った鞄をオートバイの荷台に括った。それにしてもあんた達いい色に焼けてるね、サーファーかい?白いスーツできめているところ見ると、サーフシティ・ベイビーズだね?店員が金を数えながらそう聞く。ヘルメットの顎紐を締めて、いや違う、とキクは言った。俺達は、コインロッカー・ベイビーズだ。』(「コインロッカー・ベイビーズ」からの引用)





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