さようなら、ギャングたち (講談社文庫)
さようなら、ギャングたち (講談社文庫) [文庫]
高橋 源一郎
講談社
1985-03



 この本を私に紹介してくれたのは、大学に入学して同じクラスになったF君でした。彼は高橋源一郎の熱烈なファンで、競馬を愛する詩人志望の青年でした。親が医者で原宿の高級マンションに暮らしていた彼の部屋を何回か訪れたことを思い出します。

「さようならギャングたち」を読むと、夜明け前に彼のマンションから出て、原宿の街をさまよい歩いた時の光や空気が蘇り切ない気分になります。懐かしいF君は今はどうしているのだろうか?そんなところから私の「さようならギャングたち」は始まったのでした。

 高橋源一郎さんは1951年生まれ。1981年に「さようならギャングたち」が群像長編小説賞の優秀作となりデビューしました。その前年にはジョン・レノンが射殺されました。高橋さんは今ではポストモダン文学を代表する作家として不動の地位を築いています。

 私は一度だけ高橋さんにお会いしたことがあります。高橋さん行き着けの本屋さん池袋リブロに大学時代毎日のように丸ノ内線に乗って通っていたら、高橋さんがレジを本を買っているところに出くわしました。

 

 高橋さんは髪の毛をサラサラさせながら本の代金を支払っていましたが、店員も周りのお客さんもみんな高橋さんに気づいていないようでした。私は声をかけようとしましたが、「たか・・・」と言いかけて止めました。そこは高橋さんの聖地だったからです。そこでは高橋さんは永遠の文学青年であり詩人なのでした。私は再び店内をグルグルと回り始めました。
 

 ポストモダン文学というと難解なイメージがありますが、高橋さんの文体は極めて平明でするっと読めてしまいます。しかしもちろん高橋さんは苦労に苦労を重ねて文章を書いてきました。高橋さんには「二十代後半に失語症を克服するために『ぼくはこのコップが好きだ』という文章を一日中書くような生活を送った」との伝説があるくらいです。

 高橋さんの古今東西の文学に関する知識は膨大です。作家たるもの「文学のデータベース」は当然備えている訳ですが、高橋さんのそれは作家たちの中でもずば抜けています。それが土台となって初めてポストモダン小説を書くことが出来るのです。

 私が本書で一番好きな言葉が次の箇所です。

”「想像でものを書くものは銃殺刑を覚悟せよ」。わたしが勤めている「詩の学校」の入口の扉の貼り紙はこう主張している。その有名な文句は、みじかく、はっきりしていて、しかも正しい。”

 「貼り紙はこう主張している」というのが何とも言えず素晴らしい。想像力は時に「暴力」となり「復讐」となり「革命」へとつながります。だから言葉の力で想像力を発揮することはテロリストになることに似ている。負ければ即銃殺刑です。それだけの覚悟が必要だと「詩の学校」の入口の扉の貼り紙は教えてくれているのです。「正しい」のは当然の成り行きでしょう。

 そして「さようならギャングたち」は次のような新聞の見出しから始まります。

”「アメリカ合衆国大統領は、ギャングどもによってボーリングのピンのように次々と倒されてゆく。ニューヨーク・タイムス」”

「ギャング」たちを「テロリスト」と読み替えたらどうなるか。その世界はテロリストとの戦争に苦しむ現代の我々の生きる世界に通じるのではないか。新聞の見出しの後に続く次の文章を読めば、さらにその世界は時空を超えて我々の胸に迫ってくる。

”今もなお、あのいまわしいギャングどもは、いたるところに死と恐怖をまきちらしております。ロンドンで、パリで、東京で、レニングラードで、ギャングどもは破壊し、強奪し、姦しつづけています。みなさん!ギャングどもは残虐で、卑劣で、ひとかけらの理性もヒューマニティももちあわせず、全世界にかれらの死の極印をきざみつけることに無上のよろこびを感じるのです。”

「さようならギャングたち」の単行本の推薦文を書いたのは吉本隆明でした。

”「さようならギャングたち」は現在までのところポップ文学の最高の作品だと思う。村上春樹があり糸井重里があり、村上龍があり、それ以前には筒井康隆があり栗本薫がありというような優れた達成が無意識に踏まえられてはじめて出てきたものだ。”

 「ポップ文学」という言葉を初めて使ったのは吉本隆明だと言われていますが、私は当初「ポップ文学」という名称に非常に違和感がありました。「ポップ」と「文学」は全く別の営みに思えたのです。文学を軽薄なイメージに貶めるような感覚さえありました。

 しかし今では逆です。「ポップ文学」というのは最高の褒め言葉です。それは必要な文学の時代でした。重要な文学の時代を作りました。それはポップ文学以降現在に至るまで、「ポップ文学」を乗り越えるための試みに、多くの作家が苦心していることからもわかります。

「ポップ文学の最高作品」である「さようならギャングたち」は「ニセモノ」を離れ、「ナイス」な「本物」を求めて最高にポップに終わったのでした。

 ”「ギャングの死躰はくさらないっていうよな」と一人が言った。
 「じゃ、こいつはニセモノなんだ」と一人が言った。
 「くさったギャングなんかナイスじゃないな」
 「うん、くさった、ニセモノのギャングなんか」
  少年たちはもっとナイスなもののある方へのろのろと歩きはじめた。”