神菜、頭をよくしてあげよう (角川文庫)
大槻 ケンヂ
KADOKAWA / 角川書店
2013-09-13


大槻ケンヂ(オーケン)の「神菜頭をよくしてあげよう」というエッセイ集に「池田独身貴族」というエッセイが収録されている。オーケンのエッセイの中でも最も泣けるエッセイである。

池田貴族とは90年代初めにデビューしたリモートというバンドのボーカリストで、その後テレビでも活躍し、「活動と芸風が微妙に絡む」ことから、オーケンと池田さんとは「友人でありかつライバルの関係」にあった。

そんな池田さんが突然長期入院することになった。池田さんはガンであることを公表した。その後なんとか退院するとオーケンと池田さんは居酒屋に飲みに行った。げっそり痩せた池田さんはお酒を飲むことさえ出来なかった。それでも居酒屋でオーケンと一緒にいるだけで楽しそうだった。

そんな二人に気づいた女の子のグループがチラチラとこちらを見ている。オーケンは「オイラもヤングだったからさらっちまおうかと一瞬思った」ものの、さすがに難病の友を前にナンパはできないとあきらめた。

その後池田さんのガンは進行していった。何度目かの入院の時にオーケンがお見舞いに行くと、骨と皮のようになった池田さんはプリンを冷蔵庫から出してくれた。夕暮れ時の病院はガランとして、その静けさの中でオーケンと池田さんは男同士黙々とプリンを食べたのだった。

なんと寂しく哀しい光景であろうか。オーケンは池田さんの死を悟ったのだろう。そして池田さんはオーケンへの感謝の気持ちを、もはや一緒にプリンを食べることでしか表現できなかったのだ。

しばらく言葉を失っていたオーケンだったが、ようやく見つけた会話の糸口は「居酒屋オネーチャンテイクアウト断念事件」だった。オーケンは軽い笑い話のつもりだった。池田さんに少しでも笑ってもらえればという思いだった。ところが池田さんは笑わなかった。

池田さんは真顔で言った「オーケン、なんで行かなかったんだよ。それは行かなきゃダメだよオーケン。俺は体もボロボロで、もうじき死ぬかもしれない。生きているやつが俺の分も、徹底的に遊んで生きていってくれなくちゃダメじゃん」

親友だからこそ言えた言葉だろう。いや親友でもこんなこと言える男は池田貴族だけだ。ガンでボロボロになり、死の恐怖に怯えている状態で友のナンパについて真剣に考えるのだ。自分の死よりも親友に人生を楽しんでもらいたいと願っている。池田さんはオーケンに「人生を楽しむ」という夢を託したのだ。それは親友への人生のバトンタッチであった。



神菜、頭をよくしてあげよう (角川文庫)
大槻 ケンヂ
KADOKAWA / 角川書店
2013-09-13


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