IT社会事件簿 (携書141)
IT社会事件簿 (携書141) [新書]
矢野直明
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2015-02-26


本書「IT社会事件簿」は「インターネットが引き起こした国内外の代表的事件事故26件を選んで、その概要をなるべく正確に記録、あわせて若干のコメントや当時の貴重な資料を添えて、そこから、これからのIT社会を豊かなものにするための教訓を引き出そうとしたもの」である。

いわば「暗黒のインターネット史」「悪夢のインターネット史」とも言える。本書で一連の事件を詳しく知ることにより、サイバー空間の登場が現代社会に「特異な影を投げかけている」ことが明らかになる。「特異な影」とは一体何か?

PART1では1998年から2004年にかけての5つの事件を取り上げている。1998年の青酸カリをめぐるドクター・キリコ事件、1999年の東芝アフターサービス事件、2001年の出会い系サイトをめぐる事件多発、2003年自殺サイトをめぐる集団自殺多発、2004年小学6年生による同級生殺害事件だ。

ドクター・キリコ事件とは、「1998年12月15日、東京の無職女性(24)が宅配便で受け取った青酸カリを飲んで自殺した。送り主は北海道の男性(27)で、自分が送った青酸カリで女性が自殺したとわかった直後に自らも命を絶った」という事件である。男性は、「都内の主婦が開設したホームページ「安楽死狂会」内の掲示板「ドクター・キリコの診察室」に草壁竜次の仮名で参加、そこで知り合った自殺志願者に青酸カリを送っていた」ということだ。

この事件を報道したメディアには「インターネットに深い闇」「死への意図を抱えた共同体」「ネットの暴走」という単語が並んだ。著者の矢野さんは「そこには、インターネットは匿名で情報をやりとりできる危険なツールであり、違法な、もしくは未成年者にとって有害な情報があふれている、いまのうちに何らかの規制をすべきであるといった、自らの発見に対する驚きが、はっきりと、あるいは暗黙裡に示されていた」と言う。

皮肉なことに、日本人がインターネット上の情報空間であるサイバースペースを発見したのは、この事件を通してだったのだ。サイバースペースというのはカッコイイものでもなく、高尚なものでもなく、ハイテクなものでもなく、まず最初に人間の暗い欲望が発露された場所だったのだ。インターネットにより「闇の空間がオープン」になったのだ。

出会い系サイトをめぐる事件や集団自殺などの似たような事件が、同じ時代にサイバー空間で起きたのは偶然ではなかった。インターネットというツールを普通の人が手に入れたことにより、必然的に起きた事件だったと言える。

サイバー空間が「自殺サイト」を通して世間に大きなインパクトをもたらした意味は大きい。それはサイバー空間を最初に巧みに利用した人間が、歪んだ暗い情念を内に秘めた人間だったということだからだ。現実社会に居場所のなかった彼らは、真っ先にインターネットに居場所を見つけ、その鬱屈した意識を思う存分解放した。

日本国内の年間の自殺者数は約3万人で推移しているが、自殺願望を持つ潜在的自殺志願者はその何十倍にものぼると言われている。彼らの多くは自殺願望を周囲の他人に相談出来ないはずだ。だから彼らはサイバー空間の登場に歓喜し救いを求めた。

サイバー空間では、自殺願望を持つ者たちが、遠慮なく本音をぶつけ合うことが出来た。最初にインターネットというツールを片手にサイバー空間に居場所を見つけたのは、実はこのような哀れな種族だったのだ。それがインターネットの負の歴史の始まりでもあった。

そして我々は「負のインターネット史」と今も無縁ではいられない。「負のインターネット史」が終わることはない。そのことを自覚しなければ我々に未来はない。そのために本書でインターネットの暗闇を直視し、そこから未来のインターネット社会のヒントを学ぶといいかもしれない。