新日本プロレスが低迷して苦しんでいた時代、棚橋さんはこう言い続けました。「新日本はオレがいるから大丈夫です。オレがどんどん盛り上げて、必ず会場をお客さんでパンパンにして見せます」と。しかし最初、その言葉を信じる人はほとんどいませんでした。

プロレス暗黒時代、迷走して泥舟と化した新日本プロレスから、レスラーやスタッフが次々と去って行きました。彼らの背中を見送りながら棚橋さんは「オレしかいない。この現状を変えるためには、自分がお客さんを呼べるスターになって、この手でもう一度、夢の持てる世界にするしかない」と強く決意したのでした。

サッカー界のキングこと三浦知良選手も、ブラジルから帰国したばかりの頃にこう言い続けました。「僕が日本代表を盛り上げます。国立競技場を満員にします。絶対に日本をワールドカップに連れて行きます」と。最初は誰もカズさんの言葉を相手にしませんでしたが、今や誰もがカズさんの功績を認めています。そして新日本プロレスもまた長い低迷から脱し、今では当たり前のように全国各地で満員札止めを連発するまで復活しました。

サッカー界とプロレス界の違いはありますが、棚橋さんもカズさんと同じような道を歩んでいるように見えます。本書を読み終わり、その思いは強くなりました。本書で棚橋さんは「僕にとって、最大にして最強の敵は(新日本プロレスの)伝統だった」と書いています。新しい時代を切り拓くためには、新日本の「ストロングスタイルという呪縛」を乗り越える必要があり、棚橋さんはそれを成功させました。

そういう意味で棚橋さんは「プロレス新時代のパイオニア」と呼べるのではないでしょうか。棚橋さんは新日本プロレスに対して、そしてプロレス界全体に対して、それだけの貢献をしてくれたのです。しかし、それは長く厳しい道のりでした。どれだけ厳しかったかが本書を読むとよくわかります。

例えば、棚橋さんは数多くの試合で対戦相手にドタキャンされました。「普通なら腐ってもいいレベル」でしたが、棚橋さんは腐らず「立ち上がる力」がありました。そして自分のことよりも、ドタキャンによる急なカード変更により、「その試合を楽しみにチケットを買ってくれたお客さん」に迷惑をかけたことに心を痛め、「これではいけない」と危機感を持ったのです。

ブロック・レスナーにドタキャンされた時には、「ファンの方々がオレの目の前にいたら、土下座したい気持ちです。もし、本当にプロレスの神様がいるなら、一度でいいから助けてください」とコメントしたこともありました。

また「気持ちを切り替えて、少しでもいい試合を見せようと最大限の努力をしても、何度か心が折れそうになった」とも告白しています。棚橋さんには、何をしてもブーイングばかり受けた時期がありました。それは「昔ながらの新日本のファンにとって受け入れられないタイプだった」のが理由なのですが、普通なら廃人になってもおかしくないくらいのブーイングだったそうです。

その他にも数え切れないほどの困難に棚橋さんは直面しましたが、何度打ちのめされても立ち上がり、対戦相手だけでなく、観戦するお客さんやプロレスを見る世間の目とも戦ってきました。どれだけ苦しくても誰にも弱音は吐かず、「理想のプロレスをこの新日本プロレスのリングで実現できるように、自分が会社を変えていこう」という決意は変わりませんでした。

本書が凄いところは、つまり棚橋さんが凄いところは、プロレスを選手目線だけで見ていないところです。もちろんまずは選手目線で見るのですが、棚橋さんは同時に「プロデューサー目線」でもプロレスを見ているのです。

「あの選手はこういう選手だな。次の試合ではあの技を試してみよう。こういう試合運びをしよう」など、自分の対戦相手としてレスラーを研究するのは誰でもやっている事です。でも棚橋さんが他のレスラーと違うのは、「あの選手はこうしたらもっといいレスラーになるんじゃないかな。そうしたら新日本はもっと盛り上がるのに」というプロデューサーとしての視線でもレスラーたちを分析しているところです。

並のレスラーなら、自分がリング上で生き残るだけで必死です。もちろん棚橋さんも自分が生き残ることに人一倍必死なのですが、それ以上に新日本プロレスが生き残るために必死になれる選手なのです。棚橋さん自身「寝ても覚めても新日本プロレスをどうやって盛り上げていくか?を考え続けてきた」と書いています。

加えて、棚橋さんは「ファン目線」も大事にしています。「ファン時代にレスラーにしてもらって嬉しかったことをやり続けている」のです。これが「100年に1人の逸材」たる所以です。「逸材」とは「プロレスというジャンルにもっとも適した人材という意味あい」で棚橋選手が自分でつけたことも本書で明かしています。高い志と強い使命感から「逸材」という言葉は生み出されたのです。

更に棚橋さんは、リング上や道場での努力と同じくらい、リング外でのプロモーション活動にも力を入れてきました。例えば「対戦カードが発表されると、雑誌でのインタビューや自分の持っている雑誌連載、新日本プロレス公式モバイルサイトのコラムなど、できる限りの方法を使って、そのカードの意味や意義、自分の考える展開、試合にかける思いなどを発信」しました。

また今では当たり前になっていますが、「直に地方に足を運んで、大会をPRするプロモーション活動を始めた」のは、実は棚橋選手が最初だったのです。棚橋選手は試合でどれだけボロボロになっても体を休めることなく、貴重なオフの期間は全て「次のシリーズのプロモーションに充てていた」のです。この棚橋選手の努力には本当に頭の下がる思いです。

本書では「新日本プロレスのトップレスラーたちへ」と題して、各選手のことも詳しく書いています。例えばオカダ・カズチカ選手のことは、「オカダは、プロレスラーに必要な資質を全部持っている」。内藤哲也選手のことは、「内藤に対する期待感は高い。なのに、本人はどうしても最初にネガティブなことを口に出してしまう」。

柴田勝頼選手のことは、「彼は不器用で、ピュアすぎて、いったんプロレスとはこうだ!と思ったら、その通りにしか進めないタイプだ。僕には、当時、柴田がなぜ新日本でプロレスを楽しめなくなって、苦しんで悩んで去ったかがわかるので、率直に『プロレスが楽しくなってきた』と言う彼の言葉を喜ぶ気持ちも一方ではある」と書いています。

普通ならオカダ選手はエースである棚橋さんの座を脅かす、警戒すべき存在のはずです。もちろんレスラーとしてはオカダ選手のことをそう見ているのですが、「新日本総合プロデューサー」の目でもオカダ選手を分析しているのです。これは並のレスラーにはできない凄いことです。

棚橋さんは「レスラーの目」「プロデューサーの目」「ファンの目」と、複眼的に新日本プロレス全体を見てきたし、今も見ています。「ようやく自分の努力が実ってきた」と内心喜ぶ気持ちはもちろんあるでしょうが、それ以上に「もっと新日本プロレスを盛り上げるにはどうすればいいか?」と毎日24時間考えているはずです。

2014年のG1クライマックスで優勝したオカダ・カズチカ選手は、試合後に「俺がこのリングの中心にいるかぎり、新日本に、いやプロレス界に、金の雨が降るぞ」とマイクアピールしました。もちろんオカダ選手のような新しいスターの誕生はファンにとっては嬉しいことです。

しかし、オカダ選手を始めとする若い選手がどれだけ台頭してきても、棚橋さんがこれまで以上にリング内外での努力を続ける限り、プロレス界は棚橋さんを中心に回っていくでしょう。まだまだ当分は棚橋さんから、そして新日本プロレスからは目が離せません。

最後に、次の文章がまさに棚橋さんの目指すプロレスであり、生き様でもあります。そして皮肉なことに、このプロレスこそが棚橋さんの最大の敵であった「新日本の伝統」に重なるのです。猪木さんも藤波さんも、新日本の一流レスラーは例外なく、「プロレス=生き様」なのです。

「プロレス自体、究極の自己犠牲の世界なのだ。相手の技を食らい、自分の体を痛めながら相手を光らせて試合を盛り上げる。そのうえで、最後まで勝負への執念を捨てずに全力を尽くして、最後は自分も光る」