いわゆる日常系アニメというのが昨今では人気だ。『らき☆すた』から始まり、最近では『金色モザイク』など、日常系は常にある程度の人気を保っていて、これらの作品では主に女生徒たちのほのぼのとした日常が描かれている。そんな中で日常系の皮をかぶった全く新しいアニメが誕生した、それが『がっこうぐらし!』だ。

 ニコニコ動画で最速100万再生の記録を更新したということで、今現在あちこちで取り上げられているが、それだけこの作品は他の日常系アニメとは
異なっている。1話を見てみると、最早ありきたりの、テンプレのような登場人物たちが現れ、消費されつくした日常系アニメどおりの、以前にどこかで見たような会話がただただ続く。起承転結もない見慣れた展開を見ることによって、このアニメの特異性が後半に際立つ。1話の終盤に舞台の学校はゾンビたちに取り囲まれていて、主人公の女生徒のほのぼのさは現実逃避の行き過ぎた形としてのほのぼのさだった事が明らかになる。
 
 あるテンプレートが生まれて、それが消費されつくされると、そのテンプレートの改変か、もしくは新しいテンプレートが必要とされる。そんな中でこの『がっこうぐらし!』がやってのけたのはそのテンプレートの改変だ。これまでにあった日常系とゾンビ系を融合させてしまった、これはオレンジを和食の煮付けで使うような難しさがあり、よほどの工夫と労力無しでは竜頭蛇尾に終わるだろう。しかしホラーを描く日常系という新しい可能性を示した功績は大きい。

 
 一方で最近『のんのんびより』は二期がスタートし、こちらも一定の人気を保っている。こちらはテンプレートの王道を突き進む内容で、テンプレートにはまりながらも力をこめて作ることで、一定以上の品質を保っている。しかし『のんのんびより』をはじめとする日常系アニメが描く日常というのは実際のところユートピア文学のユートピアに相当する。


 ユートピア、アルカディアといった楽園が多くの文学で題材となったのは人が文学や芸術に現実からの逃避や理想を求めたからだろう。平和な争いの無い世界、日常系アニメとはその名称とは逆に存在し得ない幻想を描いている。実際の学校生活であれば、いじめ、登校拒否、不良、情緒不安定な教師などの問題が山積みだが、日常系アニメにはこれらが全く存在しない。

 レアリスム文学においてもその名は現実の描写を指しているが、実際のところは、日常系アニメのように、存在しえない世界が描かれている。ドストエフスキーの作品にしても、『ボヴァリ夫人』にしても登場人物は劇的に、非現実的な死をとげる。結局のところ作品が作品たるには非現実性が不可避なのだ。つまり『がっこうぐらし!』も『のんのんびより』も結局のところ超現実的な非日常を描いているということで同様の日常系アニメと言える。