心の折れたエンジェル
大槻 ケンヂ
ぴあ
2011-03-17


大槻ケンヂ(オーケン)の「心の折れたエンジェル」というエッセイ集に「死にたくなった時、どうしたらいいか?」というエッセイが収録されている。ホノボノとした脱力系のエッセイを量産しているオーケンにしては珍しい、非常に哲学的なエッセイである。

人生とは苦しみの連続であり、誰でも死にたくなる時はあるだろう。そんな時には、是非このエッセイを読んでほしい。

「死にたくなったらどうしたらいいか?」という問いに対し、オーケンはまず「人はなぜ生きるのか」「本当の自分とは何か」とか、そういう「めんどうくさいことを考えないことだ」というアドバイスをしてくれる。

つまり哲学的な問いに対して、哲学的な答えを求めないことが重要だという訳である。オーケンは「そんなことを考えたところで、ものごとの事態などは何一つよい方向に変わることはない」と断言する。それではどうすればいいのか?

死にたくなった時には「むしろくだらないことを考えた方が、心も落ち着くし、落ち着けばいい案も浮かんでくる」というのだ。実際にオーケンも人生に行き詰まった時には「最強のオリジナル・プロレス必殺技と至高のオッパイの形を考える」そうだ。確かにくだらない。

こんなことを考えても1円にもならない。考えて頭に浮かんだことを他人に話しても「何なのこの人?」と変な人と思われておしまいだろう。しかしオーケンは自身の苦しみに満ちた過去の経験から、「中二病的アイテムこそは、死へと人を誘う負の集中力を別のベクトルへ拡散させる、最もすぐれた対象であるのは確実なことだ」ときっぱり断言している。

何やら理論的でもっともらしい言葉だが、そのアイテムが「至高のオッパイ」でいいのか?至高のオッパイの形を考えて自殺を思いとどまるのは、もしかしてオーケンだけではあるまいか?との疑念を拭いきれない。

続けてオーケンは死にたくなった時の最良の手段は「とにかくバタンと寝ることだ。悩んでいる暇があったら寝てしまうことだ」と簡単に自説を曲げ、寝てしまえばいいと、小学生でも言いそうなシンプルな理論を展開する。

だがそのシンプルな理論にはオーケン流の深い洞察があった。オーケンは寝ることの効用を次のように書いている。「眠りは死のシミュレーションである。人は毎夜毎夜数時間の死を仮体験し、何度でも、何回でもその死から生まれ変わる能力を天からかどこからか与えられている。一日一日が目覚めであり、人はそこから何度でもやり直すことができるのだ」

感動した。素晴らしい。非常に前向きで、もう少し生きてみようという気力が出てくるような考えである。ここでエッセイが終わっていたら「オーケンもたまにはいいこと言うな」となっていたのだが、オーケンのエッセイはこんなきれいな形では終わらないのだった。

寝ればいいと言われても、悩んでいる時にはなかなか寝られない人も多い。そんな人にオーケンは睡眠薬を薦めている。薬に頼るのはちょっと・・・という方もいるだろうが、「ケミカルなものを摂取してでも睡眠時間を取った方がむしろ健康は保てる」という医学的根拠に基づいた意見をオーケンは披露する。ここで終わっていたら実用的なエッセイだったのだが、このエッセイはまだ続く。

ハルシオンという睡眠薬があるのだが、オーケンは「ハルシオンだけは使用しない方がよい」と警告する。その理由としてオーケンは自身のエピソードを紹介するのだが、ここで哲学的、医学的だったエッセイが急に下品なものになるので、下品なことが嫌いな人はここで読むのを止めましょう。



心の折れたエンジェル
大槻 ケンヂ
ぴあ
2011-03-17




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