本書「マイ・バック・ページ」は川本三郎さんの朝日新聞社入社から、逮捕され解雇されるまでを描いた自伝的エッセイであり、60年代のルポ・評論でもあります。

川本さんはジャーナリストになった自分に、心のどこかで居心地の悪さを感じていました。それはマスコミとして権力の側から特権を保障されながら、気持ちは反権力に傾いていたからです。その矛盾に対する回答が見当たらず、川本さんは逡巡しました。

「ジャーナリストはビジネスに過ぎない」とドライに割り切るには、川本さんはナイーブすぎたし、センチメンタルからどうしても逃れられなかったのです。川本さんは自問しました。「ビジネスに心の痛み(センス・オブ・ギルティ)は不要なのか」と。

何事もビジネスだとドライに割り切れるハートの強い人にとって、本書は少し甘いように感じるかもしれません。むしろ大人になってもナイーブな心に振り回される優しい人に、本書は優しく寄り添ってくれるのではないでしょうか。

60年代の川本さんは20代前半の若者で、自信に満ち溢れていてプライドも高かった。しかし容赦ない硬く冷たい現実が立ち塞がり、時折弱い心が顔を出し、己の甘さに悩み苦しみました。剥き出しの権力に対して「無力な革命的でないジャーナリスト」だと自嘲しました。

60年代は若者誕生のエネルギーで燃えていた時代でもありましたが、突然誰もが憎悪の対象となり、不条理な暴力の犠牲となる残酷な時代でもありました。キーワードは「自己否定」でした。「自分が何を考えているのか。何をしようとしているのか」

川本さんは文学や映画の新しい評論の地平を切り拓いた偉大な評論家ですが、同時に町歩きや地方への一人旅など、落魄の心情溢れるエッセイも書くという二面性を持っています。その根底に流れているのが「マイ・バック・ページ」なのです。川本さんはあとがきでこう書いています。

「この出来事がその後、長く私の生活、文章表現、性格や人間に対する態度にまで重くのしかかることになった。映画の事、文学の事、漫画の事、様々な評論を書いても、最後のところで72年の出来事が思い出されてしまい、そこでいつも言葉がつかえつまずいてしまった」

その事件はある過激派の青年が自衛官を基地で刺殺した事から始まります。警察が犯人を特定する前に、川本さんは迷いに迷った後、犯人にインタビューしました。その後に川本さんは延々と葛藤することになります。

ジャーナリストとしてのモラル(取材源の秘匿)か?市民としての通報か?思想犯の政治事件か?単なる殺人事件か?政治的な事件か?文学的事件か?27歳の川本さんが朝日ジャーナルの記者として直面したこの事件は、若いジャーナリストにとってあまりにも過酷で大きな試練でもありました。

結局川本さんはKを通報することは出来ませんでした。それはKが出した三つのキーワード、「宮沢賢治」「CCR」「真夜中のカーボーイ」を信じたからでした。川本さんはこの三つの言葉を裏切れなかったのです。1971年が終わろうとしていました。川本さんの逮捕は目の前に迫っていました。

本書において最も尊敬したいのは川本さんが事件について「60年代後半に大学を中心に生まれた新左翼運動が権力によって沈静化されてゆく過程で起きた権力によるジャーナリズムへの介入」であるとし、自分を時代の犠牲者として描かなかったことです。

川本さんはあくまで「個人の側にひきつけて、ひとつのメモワール」として本書を書きました。それが60年代に青春時代を送った川本さんの精一杯の最後の美学であるように思えるのです。本書を書き上げるのに川本さんはどれだけ苦しみ、どれだけ心から血を流したことでしょう。その勇気に敬意を表したいと思います。作家としての立派なけじめのつけ方に、長年の読者としては本当に頭がさがる思いです。




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